「べんけい草55号(02年3月発行)」より一部抜粋
特別寄稿
南豪州の食事サービス活動調査へ
東京学芸大学教育学部社会学研究室助手
清水 洋行
 
 
しみずひろゆき・千葉県生まれ。千葉市在住。
地域社会学を専攻し、都市社会を構成する団体に焦点をあてた実証的研究にとりくんでいる。
特に、コミュニティづくりの担い手として住民組織に関心をもち、近年は、高齢者向け食事サービス
団体について研究を行う。東京学芸大学教育学部社会学研究室助手。
全国老人給食協力会運営員。
 
 

あっぱれ退職男性ボランティアたち

 11月の火曜日、ようやく街が動き出す朝6時に、私が滞在しているアパートメントに、SA協会の事務局長のカムがピック・アップしに来てくれました。キッチンまで送ってくれるためです。カムに支部活動への参加をお願いする際、場所や参加のかたちについては一切お任せしていました。ただ漠然と、配達活動に加えて頂くことになるだろうと思っていたところ、ふたを開けてみると、調理チームの一員として迎えてくださるということです。しかも始業時間は朝6時15分!マニュアルでは7時15分からとなっているのですが・・・。
 キッチンに到着して、まず、この支部にボランティア登録をします。ちなみに年齢を書く欄はありません。これで私もSA協会のボランティアの一員です。ここまでを完了するために、早朝にもかかわらずカムが私を送ってきてくれたようです。大感謝です。ここで私の身柄が、調理面の総責任者であるスーパーバイザーに渡されたことになります。スーパーバイザーはMさんという女性で、最初は70歳前後と思ったのですが、だいぶ後になってから78歳だと知りました。かつてはキッチンに週5日通っていましたが、最近になって週2日となったそうです。
 SA協会の本部が作成したマニュアルでも、スーパーバイザーの参加は週2日程度が望ましいことになっています。コーディネーターとはいえ、過剰な負担を求めないようにするためです。スーパーバイザーの仕事は、調理ボランティアの受け入れ、献立の作成、食材の発注、調理機器の管理等であり、調理をしなくてもよいことになっています。支部活動の担い手は、スーパーバイザー他のコーディネーターの方を含めて、みな無償のボランティアです。
 
 さっそく調理活動に加わります。キッチンにはエプロンが準備されています。そして他のボランティアさんたちと同様に、SA協会のロゴが入った(ロゴのシールを貼った)名札も準備されています。ファースト・ネームを短くする慣習にしたがって、私の名前も「Hiro Shimizu」となっています。
 朝一番から来ているのは、Mさんの他は男性ばかり4名です。何回か参加してようやくチームの全体像がつかめたのですが、私を受け入れてくれた火曜チームは、ちょっとユニークです。8名が男性で、そのうちの6名は退職後に参加し始めた方たちです。あとの2名は失業中です。一人は40歳代(?)の大柄のNさん。もう一人はDさんですが、彼は既に60歳なので退職者なのか失業者なのかちょっと複雑です。この男性たちは毎週参加しているのですが、女性たちには「大小」2つのグループがあり、隔週交替で参加しています。今日は「小」の方で3名、「大」の方は6名です
 こちらの食事は、メインコース(肉または魚+三種類以上の野菜)、スープ、デザートの3コースです。ただしこの支部では、野菜を「ポテト+二種類以上の野菜」としているようです。女性ボランティアは主にデザートづくりを担当します。
 
さて私ですが、Mさんの後をついてキッチン内を案内してもらいます。まず、大きなチルド室。食材や、盛りつけ後に余った食事を急速冷蔵して保存できます。朝一番にここから食材を取り出すことから一日が始まります。これとは別に、キッチン内に、すぐに使う食材を入れておく冷蔵庫(「フリッジ」)と冷凍庫(「フリーザ」)があります。発音がよく似ていて泣かされます。そして缶詰や調味料、粉類他の乾物用の倉庫です。
この倉庫の棚から、はしごを登ってトマト缶とパイン缶を取り出して、いよいよ最初の一歩です。メイン・コース用のラザニアづくりのお手伝いです。最初の仕事は、調理台に備え付けられた大きな缶切りでふたをあけて、缶のなかのトマトをハンド・タイプの電動ミキサーで粉砕することです。この後も、「包丁一本」の世界ではなく、いろいろな用具・機器を使っていくことになります。
 ここでTさんに紹介されます。彼は仕事の関係で東京に3ヶ月滞在したことがあり、日本人の英語を知っているので助かります。私と他のボランティアさんたちとの「英−英」通訳係にもなってしまいました。彼は60歳代前半で、退職後に参加を始めて3年目です。奥さんが女性の「大」チームに11年参加しています。また、これもだいぶ後で知ったことですが、彼は、SA協会が密接に関係をもっているロータリー・クラブのメンバーでもあります。そのTさんに教えられながら、ラザニア用のトマト・ソースをつくります。Tさんの主な担当は野菜料理と、メインコースや野菜にかけるソースづくりです。
 続いてPさんのラザニアづくりを手伝います。Pさんは70歳代半ばといったところで、やはり退職後に参加して8年ということです。彼は肉料理・魚料理が主な担当です。上記のトマト・ソースとひき肉をミックスしてしばらく煮込みます。Pさんがそれをトレー皿に薄く塗った後に、私がパスタの板を6枚おいていきます。これを三層重ねて、さらにたっぷりひき肉を塗りつけます。しかし途中、Pさんが他のことにもいろいろと世話を焼くので、作業がしばしば中断します。なんとゆっくりなこと!これにさらにチーズ・ソースを塗って、コンベクショナル・オーブンで焼いて出来上がりです。
 9時近くになると盛りつけ作業が始まります。今日は197食で、この数字はSA協会の支部のなかでも最も多い方です。アルミの容器に、最初はTさんがメイン・コースのラザニアを入れます。次にデザートづくりを終えたローズリーがポテトを入れます。その次に私がカボチャを入れます。そして、洗いの手を休めて盛りつけに加わったDさんがビーンズを入れます。最後に、いつの間に来たのか、MBさんという70歳代後半の男性がふたをしめます。彼は、調理作業はほとんどしません。主にフタを閉めて食数を確認するのが仕事です。10年間そうしているようです。しばらくすると、モーニング・コーヒーのときに食べるスコーンを焼き終えたPさんが、コップで水分を取りながら、長イスに腰掛けて一休みに入ります。
 盛りつけで気をつけるのは、「少な目(Small meal)」、「すごく少な目(Very small meal)」、「小さく刻む(Cut small)」、「ポテトなし(No Potato)」、「豆なし(No Beans)」などの指示が書かれたフタが、アルミのパックと一緒に流れてくる時です。また、「パスタなし(No pasta)」というパックには、代わりのメインディッシュが入って流れてきます。代わりのメインには、他の活動日に余った食事をチルド室で保存しておいたものを使います。今日の盛りつけで余りが出れば、同様にチルド室に保存して後日使います。
 この個別対応の食事を準備したり、フタに指示を書いたりしているのは、Kさんという70歳代中頃で、退職後に参加して11年になる男性です。彼は、他の人がそれぞれの担当が調理している間に、当日必要な食数を確認してその分のフタに日付をスタンプし、食事内容を確認して個別対応が必要な人の名前をフタに記入します。彼がこの調理チームのチーフのようです。
 10時を過ぎるとまた一人増えています。ジョーンという70歳前後のちょっと強面(こわおもて)の人で、彼がDさんとMBさんの間に入って、フタしめの手伝いを始めました。彼は配達ボランティアなのですが、スープの注ぎを手伝うために、少し早めにキッチンに来ます。また、今日は休みだったのですが、もう一人、ポテトづくりとスープづくりが担当の、Rさんという60歳代前半のTさんとほぼ同期の男性がいます。彼も退職後に参加を始めた方です。
 盛りつけが終わると、Nさん、CHさん、MGさんも洗いや片づけの手を休めて、みんなでモーニング・コーヒーの時間となります。セルフ・サービスで入れたコーヒーを飲みながら、Pさんが焼いたスコーンを頂きます。
 
初めて参加してみて、しなやかな手際とものすごい勢いで進んでいく日本の活動風景が脳裏にある私には、正直なところ、こちらの調理作業はゆっくりだったり、盛りつけが大雑把だったりという印象です。しかし、ここで重要なことは、調理技能の水準や食事の洗練さではなく、60歳代70歳代の退職男性たちが集まって、週一回、午前中の時間を提供することで、その地域で必要とされる200食程の食事を提供できているという事実だと気づきました。人口約150万人のサウス・オーストラリア州で「150人に1人がSA協会のボランティア」というまでボランティアのすそ野が広がるということは、傑出した熱意や熟練した技能をもっている人ばかりを当てにしていては成り立ちません。そんなことを目の当たりにした初日でした。