「べんけい草54号(02年2月発行)」より一部抜粋
特別寄稿
南豪州の食事サービス活動調査へ
東京学芸大学教育学部社会学研究室助手
清水 洋行
 
 
しみずひろゆき・千葉県生まれ。千葉市在住。
地域社会学を専攻し、都市社会を構成する団体に焦点をあてた実証的研究にとりくんでいる。
特に、コミュニティづくりの担い手として住民組織に関心をもち、近年は、高齢者向け食事サービス
団体について研究を行う。東京学芸大学教育学部社会学研究室助手。
全国老人給食協力会運営員。
 
 

メトロポリタン巡業の旅路から

 全豪ミールズ・オン・ホィールズ(以下、MOW)大会を含む一週間は、SA協会の方たちと出会い、レストランで美味しいものを食べ、日本からの方たちとも楽しく過ごした時間でしたが、過ぎ去ってみると、海外でのいいことが一度に訪れたバブル期のようなものでした。
 独りの閑かな留学生活が始まりました。9月の始め、SA協会の事務局長のピアスさんに支部活動への参加をお願いしていましたが、10月末になって受け入れてくださる支部が決まったという連絡をいただきました。
 それまでの1ヶ月半ほどは、図書館の古びた紙の匂いに囲まれて過ごし、大学院生の頃に戻ったような懐かしい日々でした。仕事の関係で一緒に来られず、日本で家事・育児をいっさい引き受けて奮闘している妻と、この滞在を快く送り出してくださった職場の研究室の方々に、本当に感謝しています。
 SA州には大学が三つあるのですが、そのうち二つは中心街(シティ)にあり、私を引き受けてくださったフリンダース大学だけがシティからバスで40分ほどかかる郊外にあります。キャンパスは谷間をはさんで二筋の丘陵沿いに開けていて、その中を無料バスが巡回する程なので、昼食や休憩のため学外に出ることはありません。しかし学内の食堂は午後一時を過ぎる頃には品切れが出てくるので、食事を確保することが大事な日課となります。サンドイッチ類、メキシコ系(?)、東南アジア系のコーナーがあり、私はいつも最後の店でスチーム・ライス(ごはん)を頼んでいます。
 まずは、大学の図書館でMOWが登場する本を調べることにしました。MOWについては、新聞記者を退職しSA協会の副会長を努めていたCさんさんが1996年に刊行された『A meal a day』という本があるだけです。その他は、社会福祉関係他の本に記載されている部分を探していく他はありません。
 
 この作業に少し先が見えてきた頃、気分転換も兼ねて、SA協会のゆかりの地を尋ねてみることにしました。よく晴れた日曜日、1954年にSA協会最初の支部が設立されたポート・アデレード行きのバスに乗り込みました。めざすのはシティから30分ほど北西に走ったところあるアデレードの海の玄関口です(地図参照)。
 この2つの市を結ぶ一帯は、ウッドビル(Woodville)という名の示すとおり木材の供給地であったとともに、住宅、学校、教会、工場などの建物に使われるレンガ用の土に恵まれ、早くから街が開けたところです。北西から西にかけてシティに隣接する地域は、開発の記憶を宿す建物などが点在しているとともに、SA協会が発足する背景となった様々な社会活動や社会運動が展開された一帯でもあります。
 ポート・アデレードは、北海道の小樽市や北九州市の門司港などと同じ様に、海運で栄えた往時を偲ぶ景観の保存に熱心なところです。レンガ造りの建物にあるインフォメーション・センターで(写真1)、私がSA協会について調べているという旨を伝えると、地元の図書館を教えてくれました。その日は休館日だったので、日曜に開かれているフリー・マーケットと鉄道博物館を楽しんで帰りました。
 日を改めて行ってみると、そこは歴史図書館を併設していて、熱心にマイクロフィルムを回す地元の中高年の方たちの姿がありました。調査の目的を告げると、職員の方が親切にいくつか資料を紹介してくださいました。これに気をよくして、メトロポリタン地域に点在する図書館を巡りました。それなりの収穫はありましたが、専門の職員の方がいる歴史図書館がなく、使用済みのバスの回数券が手元に溜まりました。
 
 これまで一口にアデレードと呼んでいたのは、東京区部のように自治体が集まって構成しているアデレード・メトロポリタン地域のことです。人口は全体で100万人ほどです。
各自治体は数万人規模といったところです。SA協会の各支部は、おおむねこの自治体単位に設立されています。
 SA協会が設立された1950年代のSA社会は、都市化が急激に進み、各自治体で学校、病院、公園、文化・スポーツ施設などの新しい生活基盤の整備と、それにともなう新しいサービスの提供が必要となった時代でした。しかし各自治体は資金力が弱く、代わりにロータリー・クラブ他のサービス・クラブなどが資金を援助したり、他の社会団体や企業が物品を寄付したりして、対応したようです。
 一方、各種サービスの提供面も同じように、自治体だけではなく、古くからあるチャリティ団体や専門職の団体などに加えて、主に女性たちによる団体が新たに形成され、自治体やサービス・クラブなどから資金や物的な援助を受けて、提供者に加わります。MOWも他のサービスと同様に、自治体やサービス・クラブが資金や現物などの援助をする対象であるコミュニティ事業の一つとして位置づけられたという見方ができそうです。
 歴史を繰ると、19世紀末から第二次大戦の終戦までSA州は不景気の連続だったようです。特に1930年代の大恐慌のときは大変だったらしく、各地域の歴史のなかで必ず紙数が割かれています。この時の生活困難を乗り越えるために、女性、家族、子ども、貧困者などを対象とする新しい団体が設立されたり、それ以前からある団体がそれらの問題に取り組むようになったりしたようです。それを支えたのが主に女性たちでした。
 この女性団体が戦争を乗り越えて、戦後社会のニーズに応じて新しい女性団体が設立される背景となったようです。Cさんさんの本に、SA協会の設立式が1953年に行われ、いくつかの女性団体が出席してSA協会を援助することを決めた、とあります。これらの女性団体が、まさに戦前からコミュニティと関わってきた女性団体です。
 一口に女性団体といっても女性の属性と団体の目的はさまざまです。女性有力者によるサービス団体、無党派の政治圧力団体、教員や看護婦などの専門職によるチャリティ団体、訪問看護婦の団体、シスターによるチャリティ団体、牧師の妻たちによる運動団体などです(写真2)。ちょっと勘ぐりすぎかも知れませんが、これらをおおざっぱに捉えると、コミュニティ事業に資金・物品を提供してくれる相手、政治的に動いてくれる相手、医師のもとで連携して活動する相手、MOW事業をSA協会が実施することについて後見してくれる相手、といったようにバランスよく選ばれているような気がします。でも、本当にそうなのかはこれからもっと調べる必要があります。
 
 図書館の外ではクリスマス気分が充満してきました。木枯らしではなく、夏の陽射しが日増しに強くなっているので、まさに盆と正月(クリスマス)が一緒に来ている感じです。私の方は、それどころではなく、支部活動への参加が始まったので、その近くの地域への引っ越しに取りかからなくてはいけません。朝7時、ときどき朝6時15分から始まる調理作業に間に合うバスのルート沿いは、ガーディニングの木々に埋もれた家が軒を連ねる地域なので、短期滞在を受け入れてくれる引っ越し先を探すはなかなか大変です。
 図書館巡りの書生生活から一転して、エキサイティングな日々が始まりました。