べんけい草53号(01年12月発行)」より一部抜粋
特別寄稿
南豪州の食事サービス活動調査へ
東京学芸大学教育学部社会学研究室助手
清水 洋行
 
 
しみずひろゆき・千葉県生まれ。千葉市在住。
地域社会学を専攻し、都市社会を構成する団体に焦点をあてた実証的研究にとりくんでいる。
特に、コミュニティづくりの担い手として住民組織に関心をもち、近年は、高齢者向け食事サービス
団体について研究を行う。東京学芸大学教育学部社会学研究室助手。
全国老人給食協力会運営員。
 
 

肌寒い一週間とあたたかい一週間

            
 9月1日の夜、家族に見送られて成田を出発しました。出発前は仕事の準備で頭が一杯でしたが、いざ出発すると、よその小さな子が呼ぶ「パパ」という声に、つい振り返ってしまいました。アデレードに向かうのは四度目ですが、出発の準備は、いつも重さとの戦いです。特に今回は、ノート・パソコン、携帯用プリンター、ビデオカメラといった電気製品に加え、英和辞典、和英辞典、手紙の書き方、前回の調査の資料など大量の紙類があるので、自宅で何度も何度も体重計に乗せて調整してきました。
 アデレード空港に到着すると、いつもの方が出迎えて下さいました。アデレードにお住まいになっているコーディネーターの方です。お姉さんというには若干無理がありますが、お母さんという程には年が離れてはいません。温かい方でいろいろとお世話になってしまいます。この方が手続きをして下さったサービス・アパートに一週間ほどの予定でチェックインしました。サービス・アパートというのは、キッチン、食器、洗濯機、乾燥機などがついているホテルで、到着した瞬間から生活が始められます。
 私が宿泊しているノース・アデレードから、トレンズ川の向かいの中心街・シティに通う途中の公園には桜によく似た白とピンクの花が咲いていて、わずかに起伏のある広大な緑によく映えます。桜の始まりのような春の訪れに日中半袖になる人もいますが、私にはとにかく肌寒さを感じる一週間でした。最高気温は15度前後でしたが、なかなか慣れることができませんでした。
 
 そんな一週間がすぎて迎えた最初の日曜日、私が着いた飛行機と同じ便で到着する全国老人給食協力会(以下、全老協)のみなさんを待ちます。陽気な一団がやってきた途端にアデレードの気温はぬるみ天気もよくなりました。私も、懐かしい顔ぶれとお会いでき気持ちが和みました。忙しく、あたたかい一週間の始まりです。
 一日半しかない全老協ツアーのアデレード滞在は、しかし、日本のミールズ・オン・ホイールズ(以下、MOW)のこれまでの歴史が凝縮された時間でした。最初の夜は、SA協会の会長のメアリー・デビッドソンさんのお宅にご招待されました。全老協からは平野さんをはじめ、全老協の運営委員から四名が参加し、SA協会の主だった方々と親睦を深めることができました。
 翌月曜日の記念すべき朝は見事な「日本晴れ」でした。SA協会の代表メアリーさん、副会長で昨年の8月末に訪日してくださったデビット・ハントさん、新事務局長のカム・ピアスさんの三名が出席しました。全老協からは会長の平野さんと運営委員である明治生命の青木さんと私、そして通訳の方が参加し、州の厚生大臣の前で姉妹団体を結ぶ調印式をしました。1985年以来のさまざまな思いと実践がひとつの実を結んだ日です。
 お昼には全員でSA協会の本部を訪問し、事務局長のピアスさんからMOWの目的、歴史、組織、資金、事業、ボランティア、戦略等についてレクチャーを受けました。同時に、ピアスさんより日本の現状について報告を求められ、以下の点を報告しました。高齢ボランティアも参加しやすい作業環境づくりが課題であること、厚生省の委託による食事サービスに関する検討委員会が設置されたこと、新たに食品衛生規制が始まったこと、男性ボランティアの開拓に取り組んでいることなどです。日本の現状をSA協会の主要メンバーに伝える貴重な機会となりました。
 
 翌火曜日は、第9回全豪MOW大会に参加するために、飛行機を乗り継いでタスマニア島に渡ります。州都ホバート市では桜や椿といった馴染みの花々が公園や庭木を彩っています。初日の夜は、バグパイプの演奏とともに州総督、州大臣、市長らが列席して、華やかに開会式が行われました。列席された方々はその後のカクテル・パーティの華であるとともに、活動と政治とをつなぐ社交の的でもあります。参加人数は二年前のブリスベンでの大会と比べるとかなり少な目ですが、手作りの温かさを感じる大会です。
 翌日の大会2日目はゲスト・スピーカーの報告を中心にすすみます。ジョークが連発されているらしいのですが、言葉とセンスの違いで日本人にはよくわかりません。休憩時間の度に、ホバート市在住のコーディネーターの方が報告の要旨をまとめて解説してくださいました。
 大会3日目は、いよいよニュージーランドと日本の海外組と各州の団体からの報告です。通訳を含み15分という短い時間です。平野さんのスピーチが始まると、フロアにいた12名の日本人は一同に驚きました。挨拶程度で終わりと思われた英語での下りが一小節、二小節と続きます。通訳を介したスピーチでは、1985年以来のSA協会と全老協との経緯、公的介護保険外での食事サービス、食事サービスと地方自治体との関係、食事サービス活動の事例などを報告され、熱心に耳を傾けてくださった各州からの参加者に、日本の食事サービスの到達点と課題が的確に伝わったと思います。ジョークはありませんでした。
 私は二年前に初めて、ふきのとうの職員の方と二人でSA協会を訪れました。その時は、岩倉使節団のように遅れた国から先進地にやってきたという印象がありました。しかし、活動を立ち上げている段階や、全州組織を組織化できない状態といった他州の報告を聞くと、日本は比較的SA協会の近くに位置しているといっても過言ではないと思います。これは、日本各地で苦労されている活動団体にとってばかりでなく、ずっと惜しみない支援を続けてくださったSA協会にとっても誇りをもっていただけることだと思います。
  飛行機の都合で、私はホバートで全老協のみなさんを見送り、翌日アデレードに帰ってきました。陽気な方々が去ったホバートは再び雨模様でした。一週間ぶりにトレンス川を渡りノース・アデレードへと続く街路の並木には、鮮やかな新緑が芽吹いていました。再び一人での生活が始まります。