南豪食事サービス研修旅行記B

 

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1997年10月、全国老人給食協力会の主催で南オーストラリア食事サービス研修旅行が行われました。今回の連載は同行した竜子氏(ふきのとう職員)からの旅行記です。
前の連載「セントルイス海外渡航編(べんけい草28号から32号まで連載)」に引き続き、ご紹介いたします。                                

(編集部)

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小  節  目  次

  カクテル・パーティー   アデレードでキッチンを見学
  全豪MOW会議レポート   いざ、キッチンの見学へ

                   

  ワラデイル・キッチン

                    

  ブライトン・キッチン

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*カクテル・パーティー*

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7回全豪MOW会議の様子をレポートしよう。会場は、アデレード・コンペション・センター。つい数ヶ月前に同じ会場で世界老年学会議が開かれ、MOWからも多くの出席者があったそうだ。このセンターは、日本の熊谷組が請け負ったとのことで、なぜかそのことはアデレード市民は皆知っていて、僕らが日本人と分かると必ずその話題が出た。ツアーの後半で訪れたメルボルンでは大丸デパートが新名所となっていたし、日本資本はオーストラリアにかなり進出している。

議は、10月7日〜9日の3日間。初日は午後の受付の後、夜にカクテルパーティがあった。「必ずフォーマルな服にして下さい」と添乗員の本田さんに言われ、ちょっとがんばってドレスやスーツでパーティにのぞむ我ら一行。

場入口のあたりは、各州のMOW協会が活動の様子をパネルにして展示している。ここで、夏に来日したロイス・ベーカーさん(クィーンズランド州MOW協会代表)と再会。相変わらずの「がらっぱち」ぶりで、彼女のキャラクターは、僕は大好きである。

場のブースが20くらい、見本市のような感じで立ち並び、立食パーティー形式で行われた。参加者は200名以上はいたと思う。ウェイター、ウェイトレスがシャンパンやオードブルのトレイを揚げて、あちらこちらにできている話の輪の間をすり抜けていく。事務局長のグランドさんやコーディネーターのグラハムさん達が笑顔で迎え入れてくれ、他の参加者の皆さんもフランクに話しかけてくれた。(もっとも、話しかけてくれるのはありがたいが、パーティー慣れしておらず英語も達者でない僕などは冷や汗ものだったが)

業ブースは、暖房機器や配食容器など、MOWに何らかの関連のある会社が多かった。ブースでは社員の人が、パンフレットを配ったり、商品見本もって参加者の輪に何とかもぐり込もうとしたりと、熱心に営業をしていた。この会場は翌日も会議の間、ティータイムの場に開放されていた。聞けば、この全豪MOW会議に協賛して援助をする代わりに、こうして宣伝の場を提供しているとのこと。企業にとってもMOWは、無視できないお客様ということなのだろう。ある牛乳パックにMOWのロゴマークとメッセージを印刷していた。こういう形での、企業のボランティア活動への貢献は盛んなようだ。

かしかったのは、日本人一行に営業を仕掛けてきたネッスルの営業マンが、逆に「ネッスルが日本で給食サービスに援助するよう働きかけて下さい」と取り囲まれ営業されて、ほうほうのていで逃げ出していったこと。たくましきかな、日本のボランティア、である。

ころで、参加者の皆さんのほとんどは高齢の方であった。日本で給食サービスを支えるボランティアというと50代程度の主婦を思い浮かべるが、ここではもう一世代ほど上の方が中心のようである。しかも、男性の割合がかなり多く、3分の1程度だろうか。皆さん、各支部の代表としてオーストラリア全土から集まってきているわけで、2年に一度の大イベントにふさわしく、華やかな雰囲気に会場はつつまれていた。

 

*全豪MOW会議レポート*

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議の2日目は、閉会セレモニーから始まった。300人程度の収容ホールは、上の方の客席まで、ほぼ満席である。僕らも中ほどの席に陣取った。ユニフォームを身につけた吹奏楽隊が位置につき、マーチの演奏が始まった。壇上のグランド事務局長が、オーストラリア各州の名前を順に読み上げると、ボーイスカウトのようなユニフォーム姿の少年が州の旗を揚げて入場してきて、壇上のそれぞれ定められた位置に立てていく。いくつかの州旗が入場してきたときには、その州のボランティアであろうか、拍手や歓声がわいたりした。最後にはMOWの旗とオーストラリアの国旗が入場してきて、満場の拍手と共に壇上中央に据えられた。引き続き国家斉唱。オーストラリアの国歌は「マチルダ」という歌である。そんなに大げさな儀式ではなかったが、全オーストラリアから集まった者たちの一体感にあふれた、実に好感のもてるセレモニーだった。

以下、会議のプログラムをざっと列挙してみる

全豪MOW会議のプログラム

10月8日

歓迎の辞:南オーストラリア州MOW協会代表
歓迎の辞:全豪MOW協会代表
南オーストラリア州の展望:南オーストラリア州政府高齢福祉担当者
開会の辞:南オーストラリア州知事
「クオリティ・オブ・ライフ−すべての者の権利」:オーストラリア連邦政府家族福祉担当者
各州MOW協会からの報告、質疑応答
挨拶:MOWジャパン代表  平野 眞佐子
国際会議報告:グラント・アンドリュースほか
メイン・スポンサーの挨拶:南オーストラリア銀行、モーフェット社
救急ボランティアの活動について:南オーストラリア州セントジョン市
全豪MOW協会活動報告:全豪MOW協会代表

10月9日

「保健福祉サービスはクオリティー・オブ・ライフを供給しているか?」
  :フリンダース医療センター教授(微生物学、感染症学)
「地域で老いること」:ヨード欠乏障害コントロール国際協会議長
「多目的な文化−どう影響するか」:ドクター・ルドミア氏
  グループ・ディスカッション:すべての参加者による
「公的な関わり−その重要性」:ワーバトン・メディア・モニタリング社ディレクター
閉会式

覧のとおり、食事に関わることだけでなく、福祉や地域、生活全般についての幅広い内容である。州や連邦の行政担当者による今後の動向についての報告のほか、州知事から挨拶をいただくなど、行政との関わりも強い。また、メイン・スポンサー2社の社名は、会議のプログラムからポスターなど、ありとあらゆるところに掲載されていた。

議の内容についてであるが、正直な話、あまりよく理解できないので、ここでは会議の雰囲気を伝えることで御勘弁ください。印象に残っているのはやはり平野眞佐子の報告で、14年前に鍋釜持ち寄りで老人給食を始めたこと、12年前にオーストラリアのMOWと出会って大きな影響を受けたこと、条件整備がされていない中でボランティアの熱意が広がり、少しづつではあるが全国的なネットワークもできつつあることなどを報告した。平野が一言喋っては、横に並んだ房江さんがそれを通訳するというスタイルだったが、300名が集まる国際会議の場ということで、最初は2人ともあがっていたようで、声はうわずり、見ているほうがハラハラした。しかし、会場の反応は、遠く日本から来た同じ志を持った仲間に対し、とても好意的で、後半はスピーチも堂に入ったものとなり、何とか無事に報告を終えて2人して満場の拍手を浴びたのである。

うひとつ、第2回日豪シンポジウムに来日した、事務局長グランド・アンドリュースさん、全豪MOW協会代表メアリー・デビッドソンさん、クイーンズランド州MOW代表ロイス・ベイカーさんの3名が、国際レポートとして壇上に上がったときのこと。ヨーロッパで行われた国際福祉会議、アデレードでの国際老年学会議で世界的なMOWのネットワークをつくるべく働きかけを行ってきたことや、1996年より9月の第1水曜日に行っているインターナショナルMOWデイにて世界8カ国で共通メニューを実施したことなどが報告された。来日時の様子もスライドを使って映し出され、日本の松花堂弁当箱にきれいに盛りつけられたお弁当には「きれい!」の声があがっていた。ところで、ふきのとう本部の建物が「MOWジャパンです」と紹介されたのだが、ご存じのとおり庭もほとんどなく、古くて灰色の典型的な木造モルタルの日本家屋である。そのうえスライドのため変に歪んで映し出さてしまい、まるで今にも崩れ落ちそうに見える。オーストラリアの近代的なキッチンと広い本部事務所を見学してきた後だけに、金満ニッポンのあまりに貧弱なボランティア団体本部の映像に、顔から火がでる思いであった。

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